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ぐだぐだな日常と、小話と。
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空酔のほうに上げている「なけない猫」の番外小話。

つづきから。

============


「宮尾」

一度だけ、人の声色で、宮尾を呼んでしまったことがある。
ある寒い夜のことだ。
ふと目が覚めた僕は火の気配に気づいて冷や汗を流した。
奴め、ろうそくを立てたまま居眠りなどして、倒れ掛かって短くなったろうそくの火が書き途中の原稿に燃え移ろうとしていた。
大事な家を火事にされては敵わぬと、僕はすぐに宮尾を起こしにかかった。
しかしあろうことか、その時丁度奴は僕を懐炉がわりに膝の上に置き両腕を乗せたまま寝ていて、どうにも重くて抜け出せない。このまま人の姿に化けたら流石に僕が妖であることがばれてしまうだろう。
腕をカリカリと引っ掻き、しきりにナアナア鳴けども奴は目を覚まさない。
どうやら締切を前にしてろくに寝ていなかったらしく、死んだように眠っていた。


起きろ、宮尾。
死ぬぞ、火事だぞ、宮尾、起きろ、
火事だぞ、宮尾、宮尾。

「 宮尾 」

思わず猫の声音を忘れ、大声を出した。
名前を呼ばれた宮尾が身じろぎしたので今度は猫の声で大きく鳴きわめき、腕に爪を立てて思い切り引っ掻いた。
宮尾はぐわあ、と情けない悲鳴を上げて跳ね起き、悪態をついて僕を放り投げた。
そこは化けても猫である僕はしっかり着地したが、火をなんとかしないことには投げられた甲斐もない。
ろうそくを見つめながら再び何度も鳴くと、宮尾はようやく異変に気づき、慌ててろうそくを皿ごと池に放り投げ、事なきを得た。

 熟睡していた宮尾を起こしたのは大声ばかりでなく、言霊の力がはたらいたのかもしれない。どちらにしろ、最初からもっと深く爪を立ててやればよかったと後悔した。

 引っ掻いたことに文句を垂らしながら宮尾は、翌日僕に刺身を出し、不器用に僕を撫でるとよくやった、と褒めた。
 こいつも人並みに感謝のできる人間だったかと意外に思いながらも、まぁ悪い気分ではなかった。ここまでは良かったのだ。
 
 夢うつつに聞いたことなど夢で済ませるのが常だろう。
 なにが作家だ、このお喋りめ。 

「あの猫、確かにあのときはっきり『宮尾』と私の名を呼んだんですよ。確かだ」

「ミャーオって言ったのさ、猫だもの」

 呆れたように返すのは近くに住む世話好きなお内儀さんだ。
件の一件から二日の間、妙に宮尾が疑い深げな視線を向けてくると思ったら、やはりあのときの僕の声が耳に残ってしまっていたらしい。
玄関先でぐちゃぐちゃと余計なことを喋られて僕は気が気ではないが、この人は宮尾が普段から変わり者であることを知っていたのがせめてもの救いだ。

「ミャーオじゃない、ミヤオ、みやおです。どうにもおかしい猫だ」

「そういう風に聞こえることもあるさ、猫の声は元々人に似てるって言うじゃあないか。あんたそれより、そういう面白いネタはあたしに話すより先に小説にしたらどうだい、作家センセイ様なんだから」

「いえ、あやかし話は私の領分じゃあありませんから」

「そんなこと言って書くものをえり好みしていたら書けるモンも書けなくなるよ。芸術家ってのはたいていそうやって失敗するんだ」

 このお内儀さんもまた街の情報通を自称するだけあって色んな人生を見聞きしてきたようで、なかなか尤もなことを言う。
 しかし宮尾はムッとした様子になった。この男もまた、今はなんとか食えているものの自分の才にそれほど自信が無いようで、そこをつかれるとすぐへそを曲げるのだ。

「芸術家ではなく作家です、失敗なんて」

「そう怒らないでおくれよ、折角の男前が台無しになるじゃないか」

 世話になっているお内儀さんと喧嘩などしたらもう魚を持ってきてくれないやもしれぬ。ここは出るより仕方がないと重い腰を上げて、僕は戸口まで歩いて行った。

「ねえ、あんたからも言ってやってよ」

 僕に気づいたお内儀さんが屈んで手を差し出したため、数秒勿体をつけてから、撫でられてやることにした。あたたかい手が毛皮の上をゆっくり滑る。
 この人は宮尾と違い猫の扱いにも長けているようで僕の嫌がるような撫で方はしない。

「あんた喋るんだってねぇ、鳴いてごらんよ」

 お内儀さんが僕に促す。

 2対の目が期待を込めてこちらをじっと見ている。
 僕は内心少しほくそ笑みながら首をかしげてみせた。

 わざとらしく、みゃーお、と一声。
 ほらね、とお内儀さんのにっこり顔。

 彼女がいつものように夕飯のおかずを差し入れて帰って行くまで、宮尾はずっとばつが悪そうな顔をしていた。

 あれからずっと恨めし気な視線をおくられているのだが、構うものか。いい気味だ、未熟者め。朴念仁のくせに妙なところでお喋りなのがいけない。

 何のための作家なのだ、人にぺらぺら喋る暇があったら文字を書けばいいものを。
 そうだ、つまらない評論の依頼など断って新しい仕事を始めればいい。

 お前の書くあやかしものの話など、きっと面白いに決まっているのだから。




==========





 猫(青山さん)は、宮尾の作家としての才能は認めているのです、という話。
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